数学検定に合格!

はじめに

 私は、今までずっと数学を避けてきました。 少し前から、数学を学ぶ必要が生じたのがきっかけで、数学検定を受けてみようと思い立ち、何度かトライをしていました。今回、数学検定2級(高校生が学ぶ数IA,数IIBまでが範囲)に合格することができ、ひとつの壁を超えることができました。振り返ってみると、高校時代、数学の授業が全く理解できず、「わからん!」という言葉ばかり発していました。自宅で宿題に取り組んでいても困難に直面し、苦しい思いをしていました。

当時、数学を回避するために、大学受験で数学を選ばないという決断をしたのです。しかし、今回、数学検定2級の合格を通じて、以前ほどの苦手意識が薄れ、ある程度のレベルまで数学の能力を向上させることができたことに安堵しています。その過程を下記にまとめてみました。

数検受検と不合格連発の理由

3年少し前、私は、職業として塾の講師の道に進むことを決意し、生徒に教える立場になりました。 当時、数学は中学生レベルは理解できても、高校生のレベルは全くわからないという状態でした。その状態を打破しようと考え、数学の書籍を購入し、数学検定を受験することに決めました。

しかし、2級レベル(高校2年までに学ぶ数学IA,IIBの範囲)を目指し挑戦をしても、受検するのが精一杯で、解法の理解や正確に答えを導き出せるようになるまでには想定以上の時間がかかりました。

 その理由としては、次の3点が挙げられます。

1. 実力がないのにとにかく受検を続けていた。

2. 動画で学習をしていた時に、世界で大きな変化があり、知らないうちに勉強すべき時間を国際情勢を知ることに費やしていた。

3.  理解をしたつもりになっていて、結局自分自身が解けるかどうか検証を怠っていた。

そして、何回受けても受からないといった「不合格通知」が積み重なっていきました。その瞬間に気づいたことがあります。これだけ不合格が続くということは、今までと同じ方法では状況を打開することは難しい。何か違うアプローチが必要だと考えるようになりました。

禁断の勉強法

世の中にはプラス思考や積極的思考法といった自己啓発本がたくさんあります。簡潔に言えば、「ポジティブ思考で取り組めばうまくいく」というアプローチです。私もポジティブな考え方を心がけましたが、うまくいかなかったのです。

そこで、ほとんどの人が試みない真逆の方法を試してみました。

それは「毎日不合格通知を見ることを習慣にする!」というものです。「不合格という文字を意識的に見る」ことに徹底的に取り組みました。自分の机だけでなく、スマホの待ち受け画面にも不合格通知の写真を貼り、自分の潜在意識に「不合格」というネガティブな言葉を刷り込みました。

その結果、私の感情はどう変わったでしょうか?何度も不合格通知を見ることで気分が悪くなり、「お前は本当に「不合格」通知を続けて受け取りたいのか?」という心の叫びに変わりました。そうしたら「もう二度と不合格通知は受け取らない」という気持ちになりました。不合格になっては困るから勉強するしかないと考え、毎日最優先で「数学を勉強する習慣」を身につけました。

一般的に言われる成功法則は、プラス思考やモチベーションアップの方法、成功イメージといった魅力的な言葉に焦点を当て、ネガティブな言葉はほとんど登場しません。モチベーションを上げるためのプラス思考法に関する書籍は長らく売れ続けています。しかし、実際はプラス思考中毒に陥り、結局現実的な行動が伴っていない人も多いのではないでしょうか?プラス思考であっても、行動がそれに伴っていなければ全く意味をなさないのです。

私が行ったのは、「合格するための行動」に焦点を当てた「仕組み」づくりでした。

合格するまでの勉強の過程で得た副産物

私が今まで受験した資格試験で、これほどの不合格の山を積み上げたことはありませんでした。「過去問=私の不合格通知」なので、市販の問題集は不要でした。

勉強の過程で、以下の2つの予期せぬ私にとって良かったと思える出来事がありました。

1)世界情勢に対する興味→情弱からの脱皮

勉強を始めた当時、コロナパンデミックやアメリカ大統領選挙など、世の中が激変していました。そのため、動画学習中に常に国際情勢に興味を抱き、政治系YouTuberの情報を追い求めていました。更にその背景を理解するため、国内外の政治経済や歴史関連の本を山ほど買い込みました。国際情勢に興味を持ったおかげで情報弱者にならず、「自己判断」ができるようになったことは本当に良かったと思います。

2)塾での成果→塾生が結果を出した!

数学で苦労した経験が思わぬメリットをもたらしました。それは、教える時に非常に役立つということです。 何年もかけてつまずきながら理解を深めた解法の過程は、自分にとって無駄ではなかったことを自覚しました。

数学で苦戦をしていた高校生を指導した時のことです。 その高校生の彼は、高校合格と同時に、学校から配布されてきた課題を持って、私の元に通ってきました。 私は自分の経験から生徒のつまずく瞬間を感じ取り、速やかに適切な「解法の考え方」を教えることができたのです。その結果、その生徒は、期末試験でクラスで一番の成績を収めました。 教える際に自分が苦労して乗り越えた経験があると、生徒の気持ちに共感できるようになるため、自分が経験したことはとてもよかったと思っています。

結果を受けての気づき

つい先日、「合格証明書」が手元に届き、それと共に成績表も添付されていました。”数列”で簡単に解ける問題をうっかりミスして大幅な減点となり、自分が楽勝だと思い込んでいた以上に低い点数であることが明らかになりました。今回の試験は自分にとって決して楽勝ではありませんでした。ここで得た教訓を以下にまとめてみました。

教訓1「本当の実力よりも自分を高く評価してしまう傾向がある 」

自分が実力がついていないのにもかかわらず、とにかく試験を受ける。この経験が素晴らしいのだという誤った「自己肯定感」を抱く。完璧に回答できる自信がないのに、内容を理解したつもりになって「こんなの簡単なことだ」と思い込む。こうした自分の弱点が表面化してしまいました。

教訓2 「チャレンジという言葉の落とし穴」

私自身がふと思いついて、自ら創り出した言葉があります。それは「チャレンジ・ハイ」。自分がチャレンジしたことが貴重な経験であり、それ自体が素晴らしい。失敗したことは次につながるといった世間一般に言われるような雰囲気に「自己肯定感」を抱く傾向がありました。チャレンジをしている自分は尊いのだという感情に支配され、実際は合格につながる行動を意識していなかった。つまり「現実行動」になっていなかったという反省があります。挑戦という言葉によって、心が前向きになるだけで、肝心の本当に合格レベルに達しているかといった検証が希薄になってしまったのです。私自身の言葉でまとめると「チャレンジ・ハイの罠」といったところでしょうか。

これを機に目的を明確にし、結果に焦点を当てた勉強が必要であることに気づき、自分の考え方を修正するきっかけとなりました。

最後に:これからはどうする?  

一つの壁を超えた後、次なる挑戦に望むのか? 試験が終わり、ほっと一息ついたある日、部屋でくつろいでいると、知らぬ間にうとうとと寝てしまいました。

その時、遠くから声が聞こえてきたのです。その声の主は不明でしたが、はっきり聞こえたのは「やるんだよ、ここまでやってやり続けないでどうするの?将来を担う若者の夢を実現する手助けをするんだよ!」という言葉でした。耳を澄ましていると、別の人の声が聞こえてきました。「今度は不合格通知をたくさん積み上げるなよ!でも、個人の能力には限界があるから無理しないで!自分の好きなことをやることも大事だよ!」という忠告だったのです。その声を聞き、はっと目が覚めました!

次は、理系大学を受けるレベルの数IIICまでマスターすることを目標にします。ド文系だった私が、今になって理系科目に挑戦することになるとは、人生の面白さを感じます。

正直なところ、いつたどり着くともわからない一段高いレベルの数学の旅に出発しました。

最後に、合格のための唯一の秘訣があるとしたら、それは「合格できるまで勉強を継続すること」だと言えるでしょう。 

将来、新たな高みに到達した自分に出会うことを楽しみにしています。

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