愛猫みゃーちゃんが伝えたかったこと

 突然の旅立ち

 もう少しで21歳の誕生日を迎えようとしていたある日、愛猫のみゃーちゃんが旅立ったのは、昨年の11月でした。どんな生き物でも最後があるように、みゃーちゃんも静かに息を引き取りました。 
 半年が過ぎた今でも、みゃーちゃんがしてくれた多大な貢献、楽しかった日々が、私の脳裏に毎日のように浮かんできて、一日たりとも忘れたことがありません。今、やっと落ち着いたので、その思い出を振り返ってみました。

 出会いは偶然にやってきた

 ある年のクリスマスが間近に迫った日、1匹の愛猫がやってきました。名前は、”みゃー”。来たばかりの頃は、まだ元気で部屋の中を元気で走り回る姿がありました。
 ずっと家の中で育っていたせいか闘争心はなく、優しいメス猫でした。予め人の動きを察知していたかのようで、人間世界を知っているかのようでした。 

 みゃーちゃんの貢献

 本当に賢い猫ちゃんでした。家の中にある大事なものを壊したこともなく、傷つけたこともありません。猫は感情を落ち着かせるために爪とぎをするのですが、ソファーにも傷をつけることもなくまるで大事なものが何かをわかっていたようでした。
 みゃーちゃんがしてくれた一番の貢献として思い出すのは、私がQC(品質管理)検定の勉強をしていた時。みゃーちゃんは机の横まで来て、ほとんど動かずにすっと私の方を見ながら、きちんと座っていたのです。今でもその光景が脳裏に焼き付いて離れません。そのおかげで、何とQC検定1級に一発合格できたのです。このときほど、みゃーちゃんの存在の大きさを感じたことはありません。

 偉大な足跡として残してくれたもの

 みゃーちゃんは、いつも優しい目で私の方を見ていて、食事のときにも食卓の横にちょこんと座って、じっとそばにいるのです。
 でも、元気だったみゃーちゃんも年齢を重ねるにつれ、今までできていたことが徐々にできなくなりました。人間でいえば超高齢者になってからは、普通の食事もできなくなり動きもかなり鈍くなってきたのがわかりました。それからほぼ毎週、動物病院で治療も受けながら、精一杯の愛情を注いでいました。 
 昨年(2000年)の夏から秋にかけて衰えをみせはじめ、みるみる痩せていきました。最後は食べるものも食べられなくなり、2000年11月13日静かに旅立ちました。  

 みゃーちゃんはまだ生きている!?

 みゃーちゃんとの別れが半年前にあったにもかかわらず、まだ当時のキャットタワーも家に残って います。そして朝、晩の挨拶、外出する時、家に帰ってきた時にも、骨壷の前で手を合わせています。 それだけ身近かな存在であり、いつも見守っていてくれる、まるで神様みたいな存在です。

猫好きな知り合いの人が、時々提案してきます。猫がそんなに好きなら新しい猫ちゃんを飼ったらどう?
そう語りかける人には、”みゃーちゃんより素晴らしい猫ちゃんはもう2度と現れないからもう飼わない”って言っています。ずっと心のなかで生きていて、手放すことができない守り神のような存在です。 骨壷の前で手を合わせるたびに、何か心が落ち着く感覚、守られている感覚があるのです。

 みゃーちゃんが降臨して語ったこと!

 最近、私は夢を見ていました。そこには、みゃーちゃんが何と私の枕元に来て、何かを訴えているではありませんか!!!なんと日本語で・・そこで耳を傾けました!

 あなたは、私に最後まで、最高の贈り物をしてくれたね。本当に心から可愛がってくれたよね。多くの外で暮らす猫ちゃんが短命でこの世を去るのに、こんなに長い間家の中でずっと可愛がってくれたことに感謝しかありません。私が弱くなった頃、最後まで動物病院に連れていってくれたり、栄養価の高いお食事を与えてくれたり、私の20年を超える一生はどんなに幸せだったことでしょう。あなたが私にしてくれたように、これからは生きている身近な人、周りの人にも幸せを与えてね。死んだらもう2度と会えないから、生きている人達を大切にしてね。 今は激動の時代・・でもいつも毎日を人生の第1章だと思って、そしてチャレンジが当たり前の日常を送ってほしい。応援してるからね!

その言葉を聞いて涙が出てきた。みゃーちゃんに近づいて抱きしめようと思ったその瞬間・・・目が覚めた!・・・あっ、そうか夢か・・・みゃーちゃんはもういないんだ。。そしていつもの日常がスタートしたのです。

p.s.
みゃーちゃんが遺してくれた数々の思い出は、自分の心の中でずっと輝き続けるでしょう!自分らしく全力で生きることが、愛猫みゃーちゃんへの最高の恩返しになる。質の高い毎日の時間のピースをつなげていこう!

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