【歴史の舞台裏】飯田藩の食と職人が支えたもうひとつの藩政

はじめに~地域の歴史に目を向けてみたら~

2025年8月1日、「信濃の藩物語」シリーズの歴史講座に参加しました。会場は地元の図書館。ふと目にした一枚のチラシが参加のきっかけでした。

講師は、長野県立歴史館名誉学芸員の青木隆幸先生。私はこれまで地域の歴史に無関心でしたが、「今、自分が暮らす場所にも、先人たちの営みがあった」と気づいた瞬間、過去と現在のつながりを感じ、学ぶ意欲が湧いてきました。

今回の講座のテーマは「飯田藩」。その中でも、“食”と“職人”、そして“組織”という視点から掘り下げられた、非常にユニークで深みのある内容でした。その講義のエッセンスを本記事にまとめました。

小さな藩から見える藩政のリアル

年号も事件も登場しない講義

飯田藩は、松本藩や高遠藩と比べて知名度は高くないかもしれません。しかし、この講義では、年表や人物名に頼らず、“藩を支えた名もなき人々”の姿が丁寧に描かれていました。

藩とは「殿の家」であり、殿の存在こそが藩の根幹です。その殿を支える仕組みと人々の働きが、藩の存続に直結していたのです。

会所:藩政の心臓部

会所とは何か?

かつて飯田バスターミナルがあった場所には、会所(かいしょ)と呼ばれる重要な役所が存在しました。ここは藩の行政・物流・情報を一手に担う“心臓部”として機能していました。

  • 年中行事の手配(正月、初午、氷餅の献上、奈良漬の発送など)
  • 農産物や薪などの調達・分配
  • 郵便の中継拠点(江戸と飯田を結ぶ)

江戸の柳田家とのやり取りでは、母からの手紙や煎餅が飯田の家族に届き、反対に蕎麦粉や干物が送られる――そんな物資と“想い”の交流を支えたのも会所でした。

台所は軍事機関だった?食の三重防衛ライン

食は藩を守る武器

飯田藩における台所は、単なる調理場ではなく、殿の命を守る“戦略拠点”でした。そこには、安全性・多様性・満足度を高める三層の体制がありました。

  • 御膳番:献立の承認・毒見役
  • 御買方:食材調達のプロ
  • 料理人・まかない方:調理・盛り付けの実働部隊

「俺の舌は殿の舌と同じ」と語る御膳番の誇りが、藩の安定に直結していたのです。

参勤交代時の3班編成

参勤交代の際には、A班・B班・C班に分かれて、食事の手配を分担。道中、いつでも安全で温かい食事が提供できるよう、綿密な計画が練られていました。まさに「食の軍略」と呼べる体制でした。

お作事方:藩を支えた影の職人集団

現代の建設会社と酷似

「お作事方」は、城や武家屋敷などの修繕を担った職人集団です。事務所は丘の上にあり、毎朝5時には各職人が集合して業務にあたっていました。

  • 畳屋、大工、鍛冶屋、酒屋など多彩な専門職が所属
  • 洪水後の復旧や年末準備も担当
  • 倹約令や職人同士の摩擦に悩まされることも

雇用体制や下請け構造は、今の建設業や公務員住宅制度と非常に似ています。

「言い訳をせず、できる限りのことを実行する人を尊敬すべき」
この講義の最後に紹介された言葉は、まさに彼ら職人たちへの讃歌でした。

江戸藩邸という本社の現実

殿は江戸の人?

飯田藩主12人のうち、飯田で生まれて飯田で亡くなったのはわずか2人。ほとんどの殿様は江戸で生まれ、江戸で人生を終えました。つまり、飯田は“単身赴任先”に過ぎなかったのです。

上屋敷の流転と江戸城の儀礼

  • 上屋敷は、殿の出世や左遷に応じて移転を繰り返し、南町奉行所の建設により立ち退きも。
  • 将軍への拝謁は、藩主にとっての重要儀礼。しかし、その場で徐々に付き従う者が排除され、最後は殿一人が将軍と対面。
  • 控えの間の格で大名の序列が可視化されるなど、江戸城の空間は「無力感」を大名に刷り込む仕組みでもありました。

まとめ~名もなき人々の物語に光を当てて~

今回の講座では、戦もなければ、著名な武将も登場しない「静かな藩の物語」が語られました。しかし、その裏には、食を通じて殿を守った人々、日々の暮らしを支えた職人たちの存在がありました。

藩を動かしたのは、名もなき者たちの連携と覚悟。

その視点に触れることで、歴史がより身近で、生きたものとして感じられるようになった気がします。

食に関する印象的な言葉

講義の中で紹介された、食にまつわる印象的な言葉をいくつかご紹介します。

  • 「食卓は藩の戦場」
  • 「美味しい料理は人を元気にする」(神田川俊郎)
  • 「薬は食べ物から、食べ物は薬から」(ヒポクラテス)
  • 「言い訳をしないで実行する人を尊敬すべき」

講座を受けての私の感想

江戸時代の飯田藩における食生活、参勤交代、献上品の調達など、当時の風景を思い描きながら講義を聞けたことで、非常に濃密な学びの時間となりました。

とくに心に残ったのは、「殿を守るのは兵ではなく、食を知る者である」という言葉。まさに「食は命の源」であり、日常の中にこそ戦略と誇りが宿っていたのだと実感しました。

歴史を学ぶうえで大切なのは、現代の目線で過去を判断することではなく、「もし自分がその時代に生きていたら」と想像してみること。
かのビスマルクも、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と語りました。

今回の学びを起点に、これからも歴史の知恵を日々の暮らしに活かしていきたいと思います。

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