大量移民は一度始めると戻せない

〜欧州の教訓から考える、日本を守る選択肢〜
はじめに――当たり前だった日本の風景を守れるか
私は、朝散歩をしていると、ランドセルを背負った小学生が一人で学校へ向かう姿をよく見かけます。私はその光景を見るたびに、「日本は本当に安全な国なのだ」と改めて感じます。
子どもが一人で学校へ行く。
女性が夜、一人で電車に乗る。
財布を落としても戻ってくることがある。
店先の商品を厳重に囲わなくても商売が成り立つ。
私たち日本人にとっては、ごく普通の光景です。
しかし世界に目を向ければ、決して当たり前ではありません。
日本の安全は、警察の力だけで守られてきたものではなく、法律を守ること、他人に迷惑をかけないこと、公共の場所では節度を守ることなど、社会全体で共有されてきた暗黙のルールによって支えられてきました。
ところが今、日本は大きな転換点にあります。政府や経済界は、「人手不足対策」や「多文化共生」といった美しい言葉を掲げ、外国人労働者の受け入れを拡大し続けています。しかし、これは単なる労働力の補填問題ではありません。

彼らには家族があり、言語があり、独自の文化や価値観、そして政治的権利の要求が存在します。大量の移民を受け入れると言う事は、彼らの持つ異なる社会秩序や共同体、価値観が、私たちの社会に一気に流入してくることを意味するのです。
今回、インテリジェンスの専門家である丸谷元人氏が欧州に行き取材をした内容に基づき、わかりやすく記事にまとめました。
「労働者を呼ぶ」ことと「移民を受け入れる」ことは同じではない
日本政府は長年、「日本は移民政策をとらない」という立場を示してきました。しかし実際には、技能実習、留学、特定技能など、さまざまな制度を通して外国人労働者の受け入れを拡大しています。
ここで注意しなければならないのが「特定技能2号」です。特定技能1号には在留期間の上限がありますが、特定技能2号では「更新回数に上限なし」「家族の帯同が可能」「永住権申請の道が開かれる」という文字通りの定住移民化のルートが確立されているのです。飲食協会や製造業といった参入障壁が低い分野から、この2号への移行が進めば、政府がどれほど言葉で否定しようとも、日本に無制限の移民定住を招く構造的な穴となることは極めて明白です。
<参考出典元資料>
出入国在留管理庁「特定技能制度」:https://www.moj.go.jp/isa/applications/ssw/index.html

これは決して小さな違いではありません。最初は「人手不足を補うため」という理由でも、家族帯同、長期滞在、永住へと進めば、それは事実上の移民政策になっていきます。
重要なのは何人受け入れるのか、何年間なのか、家族帯同をどこまで認めるのか、永住をどのような条件で認めるのか、という国家としての明確な方針です。「人手不足だから、とりあえず入れる」という政策ほど危険なものはありません。
欧州が教える「一度変わった社会は簡単には戻らない」という現実
日本より早く移民を受け入れてきた欧州を見ると、多くの国が現在、移民政策の見直しを迫られています。「人権」や「人道」を優先し、制御なき大量移民に国境を解放した欧州各国のは、数十年後の日本の姿をそのまま警告しています。
ドイツ――一時的な労働者が定住者へ変わった
ドイツは戦後の労働力不足を補うため、「ガストアルバイター(客員労働者)」と呼ばれる外国人労働者を受け入れました。当初は一時的な労働力と考えられていました。
しかし実際には帰国せず定住する人が増え、さらに家族を呼び寄せたことで、地域によっては独自の言語や文化を持つ大きなコミュニティが形成されました。
2015年の難民危機では、さらに100万人を超える規模の難民・移民が流入しました。これは、2015年8月31日メルケル首相が「Wir schaffen das!(私たちはやり遂げる!)」と表明し、ドイツへの大量の難民受け入れを進めた結果なのです。
その後ドイツでは、教育、住宅、治安、社会統合をめぐる問題が大きな政治課題となりました。重要なのは、政策を後から変えても、すでに形成された地域社会や人口構成まで簡単に元へ戻すことはできないという点です。これこそが移民政策の最も難しいところです。
スウェーデン――「寛容な国」が移民政策を大きく転換
スウェーデンは長年、人道的で寛容な移民政策をとる国として知られてきました。しかし近年、銃撃事件、爆破事件、ギャング犯罪などが深刻な社会問題になっています。とりわけ問題になっているのが、犯罪組織が若者を実行役として利用するケースです。もちろん、犯罪の原因を移民だけに求めることはできません。貧困、教育、住宅分離、失業など複数の要因があります。しかし、大量の人口流入に対して社会統合政策が追いつかなかったことは、スウェーデン政府自身も大きな課題として認識するようになりました。
現在では、かつての寛容路線から大きく政策を転換しています。しかし、ここでも問題があります。政策は変えられても、すでに生まれた社会の分断を元通りにすることは簡単ではないのです。
イギリス――移民問題が国家的な政治問題へ
イギリスでも、不法入国、難民申請、ホテル収容費、送還問題などが長年政治問題となっています。大量の難民申請者を収容するため、多額の公費が必要となり、国民の不満が高まりました。またロンドンのような大都市では、人口構成そのものが数十年で大きく変化しました。
ここで重要なのは、それが良いか悪いかという単純な話ではありません。社会の人口構成が一度大きく変化すると、その変化はほぼ不可逆的だということです。だから本来、移民政策は「入れてから考える」政策であってはなりません。入れる前に、数十年後の社会まで考えなければならない政策なのです。
最大の問題は「人数」ではなく社会の分断である
移民政策の本当の怖さは、外国人が増えること自体ではありません。もっと深刻なのは、
一つの国の中に、異なる言語、異なる生活習慣、異なる価値観を持つ社会が並立してしまうことです。これを欧州では「並行社会」と呼ぶことがあります。
地域によって使用する言語が違う。学校で共通の言葉が通じにくくなる。法律より宗教や共同体の規範を優先する人々が増える。同じ国に暮らしながら、ほとんど交流しない集団が生まれる。こうなると、社会をまとめるための費用は急激に増えます。学校では通訳や特別教育が必要になります。行政は多言語対応を迫られます。住宅政策、福祉、警察、医療にも追加の負担が生じます。
そして最も大きな問題は、「自分たちは同じ社会の一員である」という感覚が弱くなることです。日本の強さの一つは、見知らぬ人同士でもある程度相手を信頼できる社会であることです。その信頼は数字では測れません。しかし、社会を安全に、そして低いコストで運営するための極めて重要な財産が一度失われれば、お金を使っただけでは取り戻すことができません。

デンマークが選んだ「受け入れる前に線を引く」という政策
欧州の中でもデンマークは、比較的早い段階から移民政策を厳格化しました。特徴は単純です。外国人を一律に排除するのではなく、「誰を、どの条件で、どこまで受け入れるか」を国家が明確に決める。という考え方です。その政策の要点は下記の通りです。
滞在を原則として一時的なものと考える
難民や外国人の滞在を最初から永住前提にせず、状況が改善すれば帰国するという考え方を重視しています。
社会への同化を強く求める
自国(デンマーク)の言葉を学ぶこと、法律や社会規範を守ること、社会の一員として生活することを強く求めます。特定地域に移民が集中し、独立した社会を作らないための住宅政策も進めてきました。
福祉と社会参加を結びつける
福祉だけを受け取り続けるのではなく、就労、職業訓練、地域活動などを通じて社会へ参加することを求めています。
本当に必要な人材を選んで受け入れる
医療、科学、IT、工学など、自国に不足する専門人材については積極的に受け入れます。つまり、無制限に受け入れるのでもなく、完全に閉ざすのでもない。国家として必要な人材を選び、受け入れの上限と条件を決める。
この現実的な姿勢こそ、日本が最も学ぶべき点ではないでしょうか。
「人手不足だから移民」は、本当に唯一の答えなのか
日本で外国人労働者を増やす最大の理由は「人手不足」です。しかし私は、ここに最大の落とし穴があると考えています。安い労働力が簡単に手に入れば、企業は機械化や自動化への投資を急がなくなります。賃金を上げなくても人が集まるなら、労働条件を改善する必要も薄れます。
つまり外国人労働力への依存は、一時的には企業を助けても、長期的には日本経済の改革を遅らせる可能性があります。むしろ人手不足を、日本を変えるきっかけにすべきではないでしょうか。
AI・ロボット・自動化を進める
日本はロボット技術に強みがあります。農業、物流、介護、建設、製造、飲食など、省人化できる分野はまだ数多くあります。
不要な仕事を減らす
紙の書類、形式だけの会議、過剰なサービス、必要以上の長時間営業。人が足りないのであれば、まず「本当にその仕事は必要なのか」を考えるべきです。
国内で働ける人を活かす
健康で働く意欲のある高齢者、子育て中の人、短時間なら働ける人など、現在の制度では十分に活かされていない人材が日本国内には存在します。働き方を柔軟にすれば、まだ大きな可能性があります。
結び――失ってからでは遅い
私は、外国人を敵だと考えているわけではありません。
日本を好きになり、日本語を学び、日本の法律や文化を尊重し、社会の一員として貢献しようとする人々を歓迎することは、日本にとっても大きな力になるでしょう。しかし、それと「大量の移民を無計画に受け入れること」はまったく別の問題です。移民政策で最も恐ろしいのは、問題が見えてきた時には、すでに社会が大きく変わっていることです。
道路や建物なら作り直せます。法律も変えられます。
しかし・・・
失われた治安、地域社会の信頼、共通の言葉、共通の生活習慣、同じ国に生きているという一体感。これらは、一度壊れてしまえば簡単には元に戻りません。欧州が数十年かけて経験してきたことを、日本が同じように経験する必要はありません。
人口減少だから。人手不足だから。世界がそうしているから。そんな理由だけで、日本の未来を決めてしまってよいのでしょうか。
日本の主人公は日本人です。この調和に満ちた信頼と安全に守られた、美しい日本文明を未来の子供たちへ引き継いでいく重い責任は、他でもない私たち日本人一人ひとりの力にかかっています。現実から目を逸らさず、声を上げ、自ら考え行動することこそが、この命の時代を生き抜く、私たちの唯一の生存戦略なのです。


